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わたしの進路を決めた一冊:林周二(1964)『流通革命新論』中公新書
林周二著『流通革命新論』の第18版が、本棚の隅っこに隠れていた。東京に出て38年間、都合13度の引越しを繰り返してきた。そのたびに、古くなった和書は廃品回収業者に引き渡してきたのだが、この本だけは、廃棄の危機を乗り越えて本棚に残っていた。感慨が深い。
 連載開始のために読む必要があった。新論のほうは棚に見つけたのだが、1962年の『流通革命』は最後までどこにも見あたらなかった。アシスタントの野田さんに頼んで、先刻、アマゾンの中古本で購入した。2、3日中には研究室に届くはずである。出版から年月は経ているが、ベストセラーだったので、いまでも中古本としてかなりの数量が流通しているらしい。こちらは学生時代に読んでいた。ハードカバーの佐藤肇『日本の流通産業』とともに、わたしの進路選択(大学院進学)に影響を与えた本である。

 いま手元にある『流通革命新論』のほうは、学部生のときに、生協か丸善かで購入したものである。初版の発行は昭和39年である。第18版は昭和48年だから、大学3年のときに買ったことになる。しかし、「新論」を読んだ記憶がない。いまの大学に就職して助教授に昇進したあたりで、一度だけ手にとったことがある。読んだ覚えはないが、同じようにソファーに座って表紙を眺めていた。既視感を読み終えた瞬間に感じた。
 大学時代、林先生は東大教養のスター教授だった。専門は統計学。丸善から教科書が出ていた。『統計学講義』を教科書で読んだ。流通革命論で有名になっていて、実は数学の先生とは思わなかった。当時でも、おしゃれな感じの先生であった。わたしは運悪く、駒場では教養の統計学は、村上亮介先生の授業にあたっていた。村上先生もそのころ論壇で活躍していた有名人である。雑談をしない先生で、わたしには授業がおもしろかったが、クラスの皆は単位が欲しいだけで授業そのものには退屈していた。
 余談になるが、東大の文科粁爐貌ってくるクラスメートたちは、浪人組が多かった。東大に合格した途端に遊びほうける生徒ばかりであった。田舎出の生真面目なわたしは、授業風景を見て正直がっかりしたが、「こいつらになら絶対負けないだろうな」とも思った。現役で受験疲れをしていなかったことを幸いに、わたしは失った時間を取り返すべく、実にたくさんの本を読んだ。専門書よりは、圧倒的に小説が多かった。

 林先生(統計学)は、もうひとつのクラスを担当していた。わたしは授業の登録ができなかったか、その時間帯に別に取りたい授業があったかである。いずれにしても、林先生と、直接、駒場時代には教室でお話をすることはなかった。後年になって、マーケティング関連の学会か、政府関連の委員会かどこかで、お声をかけていただいた。
 その後は、折に触れて、わたしは自著を林先生に献本している。先生からも著書をいただくことがある。わたしが故大澤豊先生(大阪大学名誉教授、東大で非常勤講師)の門下生で、経済学部の院生だったからであろう。
 当時としては、マーケティングや流通を、専門分野として選ぶ大学院生はめずらしかった。卒業後に経済官僚とか総研の研究員として流通をテーマにする卒業生はいたが、はじめから研究者としてマーケティングを選ぶのは、東大ではいまでも10年に一人か二人である。

 大学院を選択したわたしは、先生や同僚の影響もあり、その後は、数量的な分析(マーケティング・サイエンス)を専門とするようになった。いまでも「専門領域は?」と問われれば、「マーケティング、とくに調査関連のマーケティング・サイエンス」と答えることにはしている。
 しかし、本当の関心領域は、ブランド論でも、マーケティング・リサーチでも、マーケティング科学でもない。実は、小売流通とサービス産業である。理論には、あまり興味がない。そうしたタイプの研究者でもない。現場のビジネスに関わるテーマに興味がある。  


 そういう目で見ると、読み終えた林先生の『流通革命新論』は、論理的に首尾一貫していてよいのだが、小売経営のフレーバーがあまりなく、やや不満が残る内容であった。
 オリジナルの『流通革命論』でテーマ性が際立っていたのと比べると、学者としてディフェンスを考えている分、論理展開が精密にできあがってしまっていて、当時の流通イノベーターたちに与えた熱気が伝わってこない。
 40年を経て、わたしも経験を積んできた。なるほどそうかと思ったのは、その後に「流通産業研究所」の所長に就任した故佐藤肇氏とはちがって、林先生は、あくまでも流通を「物理的なシステム」として記述・分析している点である。物流と情報流の枠組みでモノが流れていく仕組みを流通現象として捕らえると、たしかに、「物価問題」と「流通マージン」に、当時のわが国の課題は集約できるわけである。

 日本が高度成長を経ても、零細小売商問題は解決することがなかった。むしろ、1970年以降は、林先生の思いとは逆に、「旧百貨店法」を強化した「大店法」が施工された。結果的には、政治的に勢力を保っていた流通規制派が勝利を収めたのである。先生のいらいらは、おそらく相当なものだったろうと推測される。
 政府の政策立案にも影響を与えた本書であるが、それ自身の限界も多かった。本書でも書かれてい るが、基本的な見方は流通経済の鳥瞰図である。モノと情報のリンクとノードで、流通システムが記述されている。統計学者が物流と情報流を扱うまではよいが、企業組織や人間の振る舞いには、もっとちがったダイナミズムが働いた。
 本書ならびに前書(オリジナル)に対する、当時のもうひとつの批判は、中間流通の基本機能(品揃えや価格決定)を担う主体が、一国経済を統制する立場とは異なることであっただろう。例えば、経営の視点からは、イノベーションの相互学習や組織結合などが大切である。生産と販売の分業を推進することを提言しているが、現在に至るSPA(製造小売業)は、ある種の一社完結型の流通の仕組みを生み出してきた。
 この問題に対する一つの回答が、わたしがいま取り組んでいるテーマである。
| Kosuke Ogawa | 21:11 | - | - | pookmark |

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