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【シリーズ:農と食のイノベーション(第20回)】 「坂ノ途中(上):100年先も続く、農業を支えるプラットフォーマーになる」『食品商業』2020年4月号
 「連載:農と食のイノベーション」の20回目は、シリーズの植物工場(ドイツのインファーム)の予定が変更になりました。代わりに、若い友人で京都在住の小野邦彦さんが起業した「坂ノ途中」を取り上げることになります。小野さんは、国内だけでなくラオスなど海外でもユニークな支援事業を展開しています。
「坂ノ途中(上):100年先も続く、農業を支えるプラットフォーマーになる」
『食品商業』2020年4月号(連載20回:「農と食のイノベーション」)
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院・教授)
 
 <坂ノ途中=新規就農者の良きパートナー>
 『キレイごと抜きの農業論』の著者で、カリスマ農家の久松達央さんの言葉に、「結果としての有機農業」という印象的なフレーズがあります。 商社マンから脱サラをして農業を始めたとき、自らのビジネスに有利だと考えて選んだ農法が、結果的に有機農業だったというものです。久松さんらしいクールで論理的な説明です。*1
 対照的に、ごく自然体で有機農業の流通に携わっている青年がいます。2009年7月、京都で有機野菜の卸・販売会社「蟶筌療喘罅廚鯀篭箸靴疹野邦彦さん(36歳)です。小野さんの信条は、「未来からの前借り、やめましょう」です。環境負荷の小さな農業を実践する農業者を増やしたいという想いから、野菜の卸販売会社を設立しました。
 新規就農者の約7割は、有機農業など環境負荷の小さい自然な農法を希望すると言われています。しかし、就農までたどりつけるのはごく一握りで、しかも営農をはじめた当初は、条件の悪い土地を借りてのスタートになります。そして、新規就農者が最初に直面する困難は、収穫した農産物を販売する販路が見つけられないことです。
 小野さんの仕事は、そうした新規就農者のために販売先を確保することを手助けすることです。社名の「坂ノ途中」には、「成長途上にある就農希望者や新規就農者の良きパートナーであろうという願いが込められています」(同社HP:on-the- slope.com)。今回は、筆者が尊敬する若き友人の一風変わった事業モデルを紹介します。
  
 <京大卒のバックパッカー、外資系の金融マンになる>
 京都大学で文化人類学を専攻した小野さんは、在学時にアルバイトで中古着物の営業を手伝っていました。学業とバイト生活の合間に一年休学をして、上海からトルコまでアジアの国々をバックパッカーとして放浪します。旅の終わりに訪れたイランで、かつて栄えていたゾロアスター教の聖地が廃墟と化している光景に遭遇します。
 「インダス文明も黄河文明も肥沃だった土地で成立したが、過放牧や過灌漑による塩害、土地に負担を強いる集約農業により、土壌の劣化、浸食が深刻化し住民を養えなくなり、やがて町は放棄された」(小野邦彦(2015)、93〜94頁)*2
 農業の衰退が文明の滅びを招いたわけです。丘の上から半分砂に埋まったかつての「門前町」を眺めながら、「100年先も続く農業」に関わる仕事でいつか起業したいと思いながら帰国します。
 卒業後は、将来の起業に備えてフランスの金融機関に就職します。そこで金融派生商品の開発に携わりますが、これが起業後の資金調達で役立つことになります。2年2ヵ月の修業期間の後、大学時代を過ごした京都で2人の仲間と「坂ノ途中」を起業します。
 新規事業を始めるにあたって、地の利は大切です。京野菜の原産地でもある京都には、豊かな食文化と在来種など野菜の種子を保存してきた長い歴史があります。京都市内のレストランや割烹、八百屋のお客さんも、画一的な食材を仕入れるチェーンばかりではありません。これが、最終的には、小野さんの事業にプラスに働きます。*3
    
 <ユニークなビジネスモデルが常識を覆す成果を上げる>
 創業から11年で、わずか3軒だった提携農家が250軒を超えています。約450種類の特徴あるカラフルな野菜を供給してくれる農家は、小規模な新規就農者が9割を占めています。産地は京都と関西が3分の一ずつで、残りは九州などその他地域にあります。物流は、自社集荷便(京都地区)とヤマト提携便(ECなど、その他地域)が中心です。小野さんも設立に関与したKOA(京都オーガニックアクション)の共同運航便で届く野菜もあります。
 2020年現在、従業員は約60名。主力の卸業とネット通販での野菜の取扱高は、毎年130~160%のペースで成長しています。スタートアップ企業が、創業時に思い描いた通りにビジネスを続けるのは難しいものです。それでも、坂ノ途中が「新規就農者を支援するプラットフォームになる」という理念を持続できるのは、独自性のあるビジネスモデルが構築できたからです。
 世間の常識は、案外と間違っていることが多いのものです。創業当初、小野さんは大手流通業者や八百屋さんからよく言われたそうです。「意義はわかるけど、そのやり方は無理とちがうかな」。新規就農者が作った野菜を扱うことに対するネガティブな反応でした。
 ところが、新規就農者の栽培技術はかなり高いのです。彼ら彼女たちが作る野菜は、とても美味しいのです。厳しい環境で働くことを覚悟して就農するので、勉強熱心でよく働くからです。
 
 <多様で美味しくて色鮮やかな野菜が供給できる仕組み>
 課題は、それぞれは小規模経営ゆえに供給が不安定になることです。一方で、販売先のレストランや小売店さんに向けては、野菜を安定的に供給することが必要です。解決方法は、統計学でいう「大数の法則」(サンプルがたくさん集まると平均値が安定する)と「細やかなコミュニケーション」でした。
 年間販売計画を立てる担当者は、野菜の「過不足リスト」を作成します。時期によっては、売りたい品種品目の野菜が不足するからです。その場合、リスト上で不足している野菜が作れそうな農家に、担当者が密に連絡を取ります。計画受注量を満たすためです。これができるのは、すべての提携農家の栽培履歴がデータで完全に管理できているからです。
 一般流通を通して大規模な農家が供給する大量の野菜を、250軒を超す“農家コミュニティ”が総力を挙げて、仕組み(販売プラットフォーム)を使って供給するわけです。直感的には、効率の観点から大規模農家に軍配が上がるように見えますが、最終的なパフォーマンスは必ずしもそうではありません。坂ノ途中の仕組みが優れているのは、腕の良いたくさんの農家から、種々雑多ながら多様で美味しい野菜の供給を受けている点です。
 仕入れ先にもメリットがあります。坂ノ途中から野菜を調達すると、季節ごとに魅力的な売り場を演出することができるのです。インタビューを終えたあと、昨秋京都に開店したばかりの大型小売店で、坂ノ途中が運営している野菜コーナーを見学しました。色鮮やかな野菜が陳列されている売り場は、とても華やいで見えました(写真)。「うちの野菜がお客さんから圧倒的に支持されているのか、売り場面積が開店時の倍に広がっています」(小野さん)。
  
 <卸部門もEC事業も好調に推移>
 昨年あたりから、卸販売事業が急拡大しています。世間一般の停滞とはちがって、坂ノ途中の卸部門全体で、対前年比が約2倍の勢いで伸びています。卸部門のメイン顧客は、百貨店や高級スーパー、外資系のホテルなどです。たとえば、京都の繁華街にある百貨店の野菜コーナーでは、月60〜100万円を売り上げていますが、数年前の約8倍の伸びだそうです。
 「小売店の方と商談すると、昔はとにかく野菜を安価に安定供給することが求められました。手間がかかるのをいやがりましたね。でも風向きが変わりました」(小野さん)。バイヤーの仕入れ基準が、吉野家基準(うまい、早い、安い)から脱却しつつあるようです。
 ネット通販事業も好調です。EC部門のKPI(重要成果指標)は、顧客離脱率と新規獲得率です。このところ、月間の離脱率が5%を切る月がほとんどに変わっているようです。離脱率が低く推移しているのは、坂ノ途中の野菜ボックスは、種類が豊富で美味しいからだと思います。
 また、新規獲得率は8%前後で推移しているようです。見た目がキレイな美人野菜なので、坂ノ途中のカラフルな野菜はインスタ映えがします。そう思って、坂ノ途中のサイトをスマホでサーフィンしていたら、「Instagram:第二回アンバサダー募集」の広告が出ていました。期限に間に合うなら、わたしも応募してみようかと思います。
  
 <次回予告>(下)では、海外事業や資金調達のことなどを取り上げます。
  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
<脚注>
*1 久松達央(2013)『キレイゴト抜きの農業論』新潮文庫。
*2 小野邦彦(2015)「第2章:新規就農と目指す持続可能な農業」、益貴大・小野邦彦・藤野直人『社会起業家が〈農〉を変える:生産と消費をつなぐ新たなビジネス 』ミネルヴァ書房、63〜184頁。
*3 竹下大学(2019)『日本の品種はすごい』中公新書、とくに第5章「カブ」と第6章「ダイコン」。
| Kosuke Ogawa | 09:41 | - | - | pookmark |

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