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【新刊紹介】 竹下大学(2019)『日本の品種はすごい:うまい植物をめぐる物語』中公新書(★★★★★)
 著者の竹下さんと直接の面識はないが、元上司だった人物や友人に知り合いがたくさんいる。”竹下大学”といえば、花業界人との会話の中にしばしば登場する名前である。”大学”という名もめずらしい。しかし、国際的に著名な花の育種家が、食用植物の育種の歴史を執筆するとは思いもしなかった。千葉大学園芸学部出身で、元キリンビールのチーフブリーダーは実に博識である。
         
 タイトルは、『日本の品種はすごい』である。「やや大げさなタイトルでは?」という読者の印象を、著書の立場から擁護してみたい。なぜなら、日本の農業生産と育種力は、欧米に比べて決して競争劣位にあるわけではないからだ。とりわけ、本書で取り上げられている7つの食用植物の育種については、いまでも日本が世界をリードしている。
 国際的に高く評価されている日本の品種もすごいのだが、優良な品種を生み出した日本の育種家と生産者がたいしたものなのだ。本物の育種家の仕事について、著者が「はじめに」の一節で解説している。その部分を引用することにする。
 
  *  *  *  
 「本書の主人公は植物だが、これらのドラマには生産者をはじめとして多くの人間が登場する。なかでも、ブリーダーあるいは育種家と呼ばれる、品種の生みの親を抜きには語ることができない。彼らは世界各地で自身の成功と人類の豊かな暮らしを夢見て日々植物と向き合う、職人気質の自然科学者である。
 だが、その仕事は新人タレントの発掘(新品種の育成)にとどまらない。見出した才能を磨き上げて世に届けるためには、販売までのすべてに首を突っ込む覚悟が求められる。新品種そのものの力だけでなく、トータルマーケティングの力の差が勝敗をわかるからだ。(後略)」(はじめに、P.2)
   *  *  *
  
 「全体的なマーケティングが成功の鍵である」との記述は、第1回のAAS(オール・アメリカン・セレクション)でゴールドメダルを受賞した竹下さんならではの言葉である。育種のプロセスや生産現場での創意工夫以上に、トータルなマーケティングが重要だとの指摘はさすがである。
 本書では、主として食用植物の品種競争を扱っている。しかし、花の育種でも同様な開発競争とマーケティング活動が繰り広げられていたにちがいない。「うまい」を「美しい」で置き換えれてみればよい。フードビジネスでも花事業でも、成功をもたらすエッセンスは、同じ競争の枠組みで説明ができるだろう。
 ただし、竹下さん自身が身を置いてきた花産業に比べて、食品産業のほうが生活者にとってはより身近である。読者の注目を浴びる可能性が高い。一般人の興味の方向性と市場性を読んで、中央公論の編集者が花の世界的なブリーダーに声をかけたのだろう。食用植物の品種改良と競争の歴史について、これだけ厚みのある文庫本は出ていなかった。
    
 本書で取り上げられている7つの物語の主役は、ジャガイモ、ナシ、リンゴ、ダイズ、カブ、ダイコン、ワサビである。これを見ただけでも、日本が優位性を発揮できている食用植物のカテゴリーがわかるというものだ。
 幕間には、穀物類のコメ(コシヒカリ)やトウモロコシやコムギなどが登場するのだが、食卓の上に置かれている皿を想像してみるとよい。日本品種の得意分野は、加工食品の原材料(ジャガイモ、ダイズ)や料理の副素材(ダイコン、カブ)、食後のデザートになる果物(ナシ、リンゴ)であることが明々白々である。それに加えて、和の調味料(ワサビ)がとりあげられている。
 それぞれの食用植物の育種プロセスと開発をめぐる人間ドラマについては、第1章「ジャガイモ」から第7章「ワサビ」までの7つの章を読んでいただくことにして、この紹介文では、少し違う角度から7つの植物の物語にコメントを付け加えてみたい。
 おいしい植物と評者とのつながりを手掛かりに、個人的な生活体験から妄想を膨らましてみたいのである。したがって、以下の文章のほとんどは、小川先生の「あるある話」であることを心して読まれたい。 
   
 第1章 ジャガイモ:次々に現れる敵との激闘の日々
 ジャガイモに関するわたしの予備知識は、これを商売のネタにしている3つの会社からもたらされている。ハンバーガーのマクドナルド、ポテトチップスのカルビー、惣菜メーカーのロック・フィールドである。
 マクドナルド御用達のポテトは、縦長(12〜20センチ)の巨大なジャガイモ品種の「ラセット・バーバンク」である。フレンチフライを効率よく作るためには、切断時の加工効率(成品率)が重要になる。加工作業時に廃棄ロスを出すると、お金が無駄になるからである。また、マクドナルドがこよなく愛してやまないラセット・バーバンク種は、意外なことに糖分が控え目である。著者の説明によれば、糖分を多く含むジャガイモを油で揚げると茶色に変色する。見た目が悪くて売れなくなるからだそうだ。
 カルビーのポテトティップスの原料は、100%国産である。きびしい植物検疫があるので、生のジャガイモを米国から輸入できないからである。カルビーは、国産ポテトの最大の利用者で、国産の約12%を購入している。創業家の松尾雅彦元会長(故人)から直に伺ったことだが、カルビーの社会的な貢献は、国産のジャガイモ農家(北海道)を守り抜いたことに尽きる。そして、国産ジャガイモの品種改良を通して、ジャガイモの農業生産性(単収)を50年間で3〜5倍に伸ばしている。
 本書には登場しないが、惣菜メーカーのロック・フィールド(本社:神戸)もジャガイモの大規模購入者である。カルビーと同様に、北海道のジャガイモ農家(端野町など)の生活を守ってきた実績がある。農家に収穫用のトラクターを貸与したり、ジャガイモを雪中備蓄するための冷蔵施設を贈与するなどの活動をしてきた。基本的に、栽培品種をすべて全量買い取りしている。
    
 第2章 ナシ:日本発祥のめずらしき果実
 わたしが通っていた中学校の校舎は、砂丘の上にそびえ立っていた。能代市立第二中学校の周囲は、見渡す限りの梨畑だった。今を去ること55年前、鳥取砂丘を思わせる砂地に植わって品種は、本書で「競争に敗れて頂点から転落してしまった」と名指しされている「長十郎」である。その後、市場を席捲する「二十世紀」に押されて、川崎生まれの長十郎は消えていく。
 千葉県松戸市に「二十世紀が丘」という地名の場所がある。かつて自動車通勤でいつも通っていた場所だった。ここが「二十世紀」の故郷だったとは。この事実は、本書を読んで初めて知ったことである。しかも、育種者の松戸覚之助が13歳のときに、ごみ溜めから拾ってきた突然変異した梨の幼木を、梨農家になったばかりの両親に渡したことが始まりだった。
 ちなみに、わたしたち家族は、2年前まで千葉県白井市に住んでいた。市川市のマンションから白井市(当時は、印旛郡白井町)の一戸建てに移住したのが、35年前のことである。当時は、市川市が梨の生産量で日本一だった。引っ越してからほどなくして、移住先の白井市が梨生産で日本一になる。二十世紀を追い落として、白井町特産の「幸水」が日本一の出荷量を誇ることになったからである。
 たまたまではあるが、過去に住んだ場所を思い返してみた。わたしは、梨とともに産地移動したことに気がついた。中学校時代は、長十郎を見て育った。大学に就職してから住んだ場所(市川市)の梨畑には、二十世紀が植わっていた。それから少し前まで住んでいた白井市は、幸水の大産地だった。しかし、白井市も宅地化が進んで、梨畑が住宅地や商業施設、あるいは老人介護施設に変わっている。
    
 第3章 リンゴ
 リンゴと言えば、英語の教科書に出てきた物語の主人公のことを思い出す。リンゴの苗木を抱えて、全米にリンゴ栽培を広めたジョニー・アップルシードのことだ。アメリカに留学していたころ、地元バークレイ市のスーパーマーケットでは、アップルパイの原料になる酸味の強い品種を選んでいた。日本の「紅玉」に近い品種だったと思う。
 いや、もしかして、紅玉そのものだったかもしれない。そう思っていたら、紅玉はもともと米国由来で、その名を「ジョナサン」という品種だったことを知った。わたしたちが知っているのは、かもめのジョナサンだが(笑い)。というわけで、日本人がもともと食べていたリンゴの品種は、ジョニー・アップルシードの子孫たちが日本にもたらしたものだ。
 赤くて酸っぱいリンゴの紅玉や国光は、いまでは店頭で見かけなくなった。いまや世界一の生産量を誇るリンゴは、日本人が育種した「フジ」である。世界シェアが50%に届くくらい、たくさんのフジが世界中で栽培されている。フジは、甘くて歯触りもやわらかい。
 紅玉や国光は、ずいぶんと酸っぱかった。果肉ももう少し固かった。その後に一世を風靡した「デリシャス」「スターキング」を中継ぎとして、日本人の育種力が、世界のリンゴの味覚に革命を起こしたのである。本書で確認することができたのは、リンゴの産地としての青森県のしぶとさと、リンゴの育種に貢献して来た人々の努力である。
  
 <注>
 紹介文が長くなりすぎた。ダイズ(第4章)、カブ(第5章)、ダイコン(第6章)、ワサビ(第7章)については、機会を改めて紹介したい。
| Kosuke Ogawa | 15:52 | - | - | pookmark |

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