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【シリーズ:農と食のイノベーション(第9回)】「“植物食”は一般に普及するだろうか?」『食品商業』2019年4月号
 前回は「食のバリアフリー」(播太樹社長:フレンバシー)を取り上げました。それを受けて、「植物食」(ヴィーガン・ベジタリアン食)の普及を取り上げました。今回の(上)では、重松美奈子さんの修士論文をもとに、植物食体験や健康問題を論じています。次回(下)では、肉食がもたらす環境負荷と食糧安全保障について議論します。

「“植物食”は一般に普及するだろうか?(上)」『食品商業』2019年4月号
 文・小川孔輔(法政大学教授) 
                       
 <リード文>
 先月号(第8回)では、健康的な食事ができるレストランの紹介サイト「Vegewel」を取り上げました。たまたまですが、今春卒業予定の大学院生が、修士論文で「食のバリアフリーの実現」をテーマに取り組むことになりました。彼女自身は3年前にヴィーガンに食生活を変えています。しかし、食材の調達やヴィーガン料理が食べられる場所を探すのに苦労しています。自らの課題を解決するべく、「植物食の普及」をテーマにヴィーガン研究に挑戦したわけです。(上)では、その研究成果を紹介してみたいと思います。海外では当たり前になっていますが、ヴィーガン、ベジタリアン、オーガニック、グルテンフリーなどの食生活は、日本でも一般化するでしょうか。
  
1 重松さんのヴィ−ガン転向体験談
 「植物食(=ヴィーガン)の研究」をテーマに取り上げた大学院生は、重松美奈子さん。彼女は現在、国連の専門機関に勤めています。あるとき、ヨガインストラクター資格を取得するため、ハワイで合宿することになりました。期間は二週間。
「そのとき提供された食事がヴィーガン、つまり肉や魚、卵、牛乳など動物性食材を使用していない食事でした。そんな食生活に耐えられるかと心配していましたが、始まってみると美味しかったので、そのまま植物性中心の食事を続けてみることに」(重松さん)。
 最初の一年半は、食生活が不便だったそうです。重松さんによると、「それって身体に良い?」「痩せるの?」「私には無理だな」「卵入ってないの?」とか、矢継ぎ早に質問を受けることになったらしいのです。実は、ヴィーガン(完全菜食主義者)だから痩せることはないそうです。肉や魚を食べない分、バランスを意識して食べないと栄養が偏るとのことです。
彼女の場合は、友人との外食時に相手に気を使わせてしまうと感じ、「魚介類やお菓子は美味しく頂く」「細かいことを気にせず食べる」というルールに変えていったそうです。いわゆる厳密なヴィーガンではなく、現在は、後述の分類でいえば、「ペスコベジタリアン」に属する食生活をしています。
 わたしから、「重松さんは、“フレキシタリアン”(一緒の人と肉製品を食べるときは肉魚乳製品も食べる)ではないですか?」と尋ねたところ、「3年前はヴィーガンでしたが、いまは魚介類を週に何度か食べます。ただし、肉乳製品はほとんど食べないですね」と答えてくれました。
    
2 ヴーガン・ベジタリアンの定義と植物食人口
 重松さんに「食のバリアフリー」の概念を提示して、フレンバシーの播太樹さんを紹介したのは、指導教授のわたしでした。自らもヴィーガン食に転向した彼女は、日本でも食の制限への対応が浸透しつつあることを確認したうえで、「それは避けられない理由(宗教上の理由やアレルギー)によるものが主であると気づきました。そこで、個人の選択による食生活の代表としてヴィーガン食やベジタリアン食を扱い、“食のバリアフリーの実現”につながるプロジェクトにしようと考えたのです」(修士論文から引用)。
 彼女が最初にリサーチしたのは、日本のヴィーガンの人口割合でした(世界のベジタリアン人口については、フランバシーの独自調査:連載第8回を参照)。まずは、ヴィーガンとベジタリアンを包括する概念として、「植物食」(Plant-based Foods)のカテゴリーを定義してみます。図表1は、重松論文(2019)からの引用です。
 ベジタリアン食の定義は、「肉および魚介類を含まない食事」。その中でも、「肉および魚介類に加えて、卵・乳製品・はちみつ等の動物性副産物も含まない食事」をヴィーガン食と定義できます。ベジタリアンやヴィーガンという言葉は、動物性食品を摂取することに対する否定的な態度を想起させます。排他的なイメージ連想を避けるために、最近では「植物由来」(Plant-based)や「植物性」「ミートフリー」などの言葉が使われています。ただし、植物由来や植物性と言った場合、動物性副産物が含まれているか否かが曖昧なります。そこで、ヴィーガンとベジタリアンを包括する概念として、「植物性」「植物食」と表現します。わたしも最近では、重松さんの植物食の定義を使わせてもらっています。
 
  << 図表1 ベジタリアン食・ヴィーガン食の定義>>

 
3 ヴィーガン食の一般性と日本人の食生活
 ヴィーガン食は多くの人が食べられる食事です。ヴィーガン食はベジタリアンでも食べられますが、その逆は当てはまりません。また、ヴィーガン食には動物性副産物も使われていませんので、特定原材料に指定されている7品目の内、卵、えび、かに、乳アレルギーの人でも食べられることがわかります。さらに、ヴィーガンを扱う飲食店はヘルシーな食事を提供していると位置づけられているケースが多く、ヴィーガンとオーガニックやグルテンフリーと両立させているメニューも多いのです。つまり、ヴィーガン食は、多様な食習慣を楽しむための中心的な食事の概念になる可能性があるのです。
 ヴィーガン食は、日本人にとって馴染みのある概念です。和食材には植物性の食材が多いのです。日本人が食べてきた植物性メニューには、タンパク源として大豆加工食品が多用されています。一方で、日本には昔から、豆腐以外にも、納豆、味噌、厚揚げなど大豆加工食材が豊富でした。精進料理も植物性の食事の一つです。長年の食生活から、日本人の胃腸は大豆由来の植物性タンパク質との相性が良いと考えられています。
 
4 植物食が健康に与える影響
 ベジタリアンやヴィーガンが食事を変えるのは、体調不良や健康維持だとされています。植物食は肥満や心臓疾患、高血圧の予防に良いとするデータもあります。肉食は肥満の原因になります。ベジタリアンに比べて、1日あたり100g(200g)の加工肉摂取する人は、死亡リスクが20%(35%)ほど高くなるとされています。
 日本の国立循環器病研究センターの研究によると、肉食中心の欧米人と比較して、日本人は心筋梗塞で亡くなるケースが少ないのですが、その理由として食生活の違いが指摘されています。植物由来のタンパク源は食物繊維を豊富に含んでいますから、コレステロールや糖質の吸収を抑制したり遅らせたりする作用があります。糖尿病、高脂血症、高血圧にも効果があるとされています。
 一方、重松さんが友人から心配されたように、植物性の食事はタンパク質不足などの栄養バランスを問題視する声もあります。しかし、アメリカの栄養士会では、「植物性の食事は、栄養バランスを守れば、必要な栄養を十分に摂取できる」と結論づけています。植物由来のタンパク質は、動物性のタンパク質と同様に体内でうまく利用されているのだそうです。
 日本人にとって、植物性の食事は健康上の利点があります。長く垂れ下がった形をした日本人の胃腸は、食物繊維の消化に適しています。どちらかといえば、動物性のタンパク質や脂肪の消化が苦手です。腸に長く滞留して便秘の原因になります。血中の悪玉コレステロールが増加して、動脈硬化のリスクが高まるとされています。
 紙幅の関係で計測データを示すことはしませんが、重松さんご自身は、ヴィーガン食に切り替えてから年一回、悪玉コレステロールと中性脂肪を測定してきました。そのデータによると、どちらもコレステロールも中性脂肪も大幅に減ったそうです。それ対して、善玉コレステロールや赤血球とヘモグロビンは、基準値の範囲内での緩やかな変化のみでした。つまり栄養バランスが崩れなければ、「植物食は栄養不足に陥る」という反証を、自らが実験台になって証明しています。

 なお、(下)では、植物食が環境にもたらすプラスの効果と、植物食の供給サイドの今を紹介します。東京都内に限るとですが、日本でもヴィーガン食のレストランや供給者を見つけることが次第に容易になってきています。
| Kosuke Ogawa | 12:31 | - | - | pookmark |

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