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【講義録】辻中俊樹氏「マーケティングの真実を見抜く」(2015年春学期「マーケティング論」)
 IM研究科の「マーケティング論」の授業中で行われた辻中俊樹さんの講義録をアップする。タイトルは、「マーケティングの真実を見抜く」。青木恭子(リサーチアシスタント)がまとめてくれたものだが、ライブ感が出ていておもしろい。


法政大学経営大学院 IM研究科 2015年春学期「マーケティング論」
特別講義1

「マーケティングの真実を見抜く」
 株式会社 東京辻中経営研究所 代表取締役
 辻中 俊樹 氏
 日時:2015年5月21日11時10分〜12時50分
 於:法政大学経営大学院101教室

 講 演 要 旨

 講師紹介
 辻中俊樹(つじなか としき)氏 
 1953年生まれ。青山学院大学文学部卒。(社)日本能率協会などを経て、1982年に螢優スト・ネットワークを設立。生活を24時間スケールで捕捉する「生活カレンダー」方式によるリサーチワークを確立。団塊ジュニアに関する基礎研究をまとめ、「15(イチゴ)世代」というキーワードを世に送り出すなど、その「生活シーン分析」は評価が高い。
団塊ジュニア世代のみならず、団塊世代、新人類世代から高齢者に至るまで各世代の世代分析・研究についても造詣が深く、特に、「生活心理分析」で定評の高いガウス生活心理研究所の故油谷遵氏と共にまとめた『21世紀の生活価値展望』研究は、内外の注目を集めている。
 業種業態の別なく商品開発、売場づくり、戦略策定などトータルマーケティングの実施を行う。新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等への寄稿、コメンティング等多数。
 1996年『母系消費』同友館、2015年「マーケティングの嘘 ―団塊シニアと子育てママの真実―」新潮新書(辻中俊樹 櫻井光行共著)など著書、論文多数。
(蠹豕辻中経営研究所HPより)http://www.food-vc.net/cp_chair.html


(小川先生)今日の辻中さんのご講義は、マーケティング論の授業全体の中での位置づけとしては、マーケティングリサーチの中の定性調査に関する話になる。辻中さんと私は、20年以上前、トヨタ自動車の商品企画部門のプロジェクトに関わっていた頃からのご縁である。ご著書の中にも出てくるが、ドアをスライドして開けるミニバンのコンセプトを、トヨタとジョイントで開発されている。


講 演 
1.「シーン」をターゲットにした定性調査
 今日は、マーケティングリサーチの中でも、定性調査に関わる話をする。長年やってきたことの中から、エピソードやストーリーを中心に、フレームワークを示し、そこからどうやって仮説を立てていっているかという話をしたいと思う。

そもそも、定性調査をするのはなぜか?マーケティングでは、一般的に、「65歳以上のリタイアシニア」とか、「若い女性」というようなセグメント、つまり人の塊をターゲットにする。 定性調査では、それだけではよくわからない部分を追及する。
私は、シーンをターゲットにして、マーケティングに生かせるのではないかと思っている。
博報堂は、アクティベーション・ターゲットというコンセプトで、消費者の行動をターゲットにしようとしている。デモグラフィックな量的アプローチでは、シーンをターゲットにするということにまでは至りつかない。これは30年くらい前から同じだ。今日はこれから、僕たちの取ってきた調査アプローチについて、エピソードを交えながら、紹介して行きたいと思う。


2.生活日記調査
(1) 生活日記調査 TPOPP
僕は、35年ほど前、「生活日記」という手法で調査を始めた。生活日記調査にはフォーマットがあり、調査対象者自身の手で、1週間の行動記録を残してもらう。
手法そのものはシンプルだが、問題は、ここから何を認識するか、何がわかるかということで、その部分が、我々のノウハウになっている。僕らは、基本的に、シーンを「TPOPP」という要素に分解している。
TPOは、Time, Place, Occasion である。構成要素の第1が時間帯と時間数、2番目のPlaceは場所で、Occasion は、わかりやすく言うと、なぜこんな事態が起こったのかということ、つまり、場面(シーン)が構成される事情を指す。
PPのPはProductである。道具立てとなる物品が関与し、初めて場面が完成する。プロダクトやサービスを抜くと、マーケティングにならない。最後のPは、Psychology(サイコロジー)で、その時の気持ち(生活心理)を表している。


(2) コーヒーのTPOPP
 僕はここに来る途中、セブンカフェでアイスコーヒーのLサイズを買って飲んで、いま空っぽになったところだ。アイスコーヒーは、Lのブラックだ。午前中のこの時間帯(10時台)に買っている。その背景は何だろう?
 まず、僕の1日は、コーヒーを飲まないと始まらない。今日は天気がよいので、「一日の始まり」という気分が、さらに加速する。僕にとってのコーヒーのTPOPPは何だろう?
 割っていくと、僕がコーヒーを飲む理由には、点火剤的な、「よし」という要素が多い。僕は、カフェオレは飲まない。なぜかというと、すっきりしないからだ。コーヒーですっきりしたい、という自分のサイコロジーから言うと、カフェオレはいらない。
こうして辿っていって、僕のような60代男性が、アイスコーヒーを買った背景に行き着く。
ただ、日記調査をするとよくわかるが、コーヒー飲用行動の内容は、しょっちゅう変わる。
僕と同じ時間帯、午前10時40分くらいの間に、たとえば千葉の湾岸あたり、工場地帯で働いている男の子が、どんな背景でコーヒーを飲んでいるか、考えてみよう。この時間帯は、工場の休憩タイムにあたる。今日は、この男の子はA棟にいて、自販機で微糖のBOSSの缶コーヒーを買っている。これを飲むと、昼ごはんまでの間、元気が回復するからだ。
 A棟の男の子が、明日B棟に行ったとする。B棟では自販機が変わり、「ジョージア」しかない。だから、彼はブランド固定ができない。よく買うブランドは何かと聞かれれば、彼は、「ジョージア エメラルドマウンテン」だと答えるだろう。ただ、彼は、ブランドは固定できなくても、ベネフィットの固定はできている。
 生活日記を見ると、20代、30代の方は、必ず「疲れた」と書いている。そして、特にミルクの甘みを欲しがっている。カフェオレ・タイプの甘みには、「疲れた」「飲んでほっとした」というようなことがよく書かれている。飲んで点火して、あと1時間頑張る、という利用の仕方になっている。
 夕方、セブンで「マウントレーニア」を買う女の子も、同じベネフィットでコーヒーを飲んでいる。疲れているからだ。
 生活日記は、エピソードばかりだ。エピソードは、「生活接続詞」を付けなければ、なかなかうまく分析できない、生活接続詞を作れれば、マーケティングの第一歩になる。


3 エスノグラフィー
(1) フォトハンティングという手法(エスノグラフィー)
もう一つ、言語にならないカテゴリーの生活行動がある。今、見た生活日記という手法では、ある程度、記述を要求したり、意識的に記述する部分には対応できる。しかし、無意識の生活行動の残照は、たくさんある。それをすくい上げるのが、エスノグラフィーという手法である。僕たちは、消費者に、無作為に写真を撮ってもらう調査(フォトハンティング)をしている。今はスマホがあるからいいが、10年くらい前までは、苦労した。
エスノグラフィーを最初に始めたのは、文化人類学者だ。100年くらい前のことである。最初は、スケッチしていた。
世の中のブログには、「お前が夕飯に何を食べたか、そんなもの知りたくないよ」というようなブログもあるが、考え直してみると、それは、行動をその都度写真に撮ることで、「記憶の外在化」をする癖がついているということだ。それはそれで面白い。
僕たちは、フォトハンティングと生活日記とを合わせて、定性調査の2本柱にしている。これでシーンの仮説は成り立つが、マーケティングに活かすためには、セグメントにもう一度返し、人間像に戻さなければいけない。今は1次データの状態だが、それに2次データを加えて、行ったり来たりを繰り返しながら、消費者の像を作っていく。


 (2) 例 シャインマスカット
 次に、フォトハンティングの例を見ながら説明していく。
 最初の写真は、65歳の女性のもので、シャインマスカットの写真を大量に撮って、私たちに送ってきた。コメントを読むと、「スーパーでシャインマスカットを買った」ということだけ書いてある。このままだと、「65歳くらいの夫婦2人世帯は、お金があるので、高価格帯のブドウを食べている」ということで、「ゆとり世代」という話で終わってしまう。しかし、どう考えても、これが本当か嘘かよくわからない。
 インタビューしてみると、この女性は、ぶどうを買ってきても、「私は一切食べません」と言う。確かに、量が多すぎる。別の生活日記でシニアの方の食事を見てみると、旬の食べ物を折々に食べている。ぶどうも、1つの食卓に1個か2個あるだけだ。この女性は、買ったぶどうを、全部、娘にあげている。
 娘の世帯は30代で、何かとお金のかかる世代である。娘は、ぶどうは「絶対買わない」と言う。高いので家計がパンクするからだそうだ。この家族にとって、シャインマスカットのようなぶどうは、おばあさんが買ってくれるものである。
 こういうものを食べているので、2〜3歳の孫の世代は、過去の世代とは、体験品質が変わる。今、この体験品質が日本社会で伝播している。この子供たちは、恐るべき人間に育つだろう。私たちの子供の頃は、日本社会は全体に貧困だった。赤ちゃんも、脱脂粉乳で育てられた。しかし、今の家族では、30代の子育てのお母さんがある種のフィルターになり、過去とは違う形で、味覚の伝承が起こっている。

 家計調査では、消費者が買ったものの用途と仕様しかわからない。POSデータをみても実態まではわからない。そこで、エスノグラフィーを見ることになる。生活日記調査では、ご家族同士でもらったりあげたりしたものについて、日記に書いてもらうようにお願いしている。
 セグメントで見たのでは、わからない。なぜかというと、買ったシニアは、セグメント的には夫婦2人世帯ということになり、それ以外の実態についてのデータは取れないからである。夫婦2人世帯というのは、形だけ取れば昔からいた人たちで、これからも増える。しかし、こういうセグメントを切った時の内実は、シーンを見てみなければ、何もわからない。


(2) 冷蔵庫の中、3連パックのヨーグルト
 次の例は、冷蔵庫の中の3連パックのヨーグルトである。スーパーのシニア割の日に、買ってあるものだ。こういうものは、買い物をした本人のシニアは、絶対に食べない。事実、この写真を撮った人も、ヨーグルトは嫌いで、食べないと言っていた。それなのに、なぜ買ってくるのかというと、孫が来るからだ。孫は、このシニアの家に来ると、勝手に冷蔵庫を開けてヨーグルトを食べている。
ここからはTPOPPで解くと、事実に当たる部分である。セグメントとしては、シニアの夫婦2人世帯だ。この背後に子供や孫がいることは、データからはわからない。
 実態としては、こういう夫婦2人世帯は、平均的に、1週間に2−3回の頻度で、孫たちと会っている。独立して住んでいるが、親から見れば「娘型近接」、子供から見ると「妻型近接」で住んでいる場合が多い。ある年齢になると、学童保育の後、孫が祖母の家に来ていることも多い。こういう「シーン」は、デモグラフィックでは切れない。
 孫が「今度の日曜行くね」と言ったとしても、子供は急に熱を出して来られなくなることも少なくない。「100%」という確率ではないので、実際には来るのが1週間ずれる可能性がある。その場合、賞味期限の短いものだと無駄になる。そこまで計算して、買い物をしている。


(3) 魚の西京漬け、メロン
 次は、メロンと魚の西京漬の写真である。メロンについては、「こんなのはうちでは食べないので、娘のところに持って行ってやれ」とおじいちゃんが言っている。こういうわけで、子供は舌が肥えている。こんなふうに、キッズの味覚は、ローティーンから変わっていっている。
なぜこんなメロンがあるのかというと、おじいちゃんが北海道の出身で、ふるさと納税をしているからである。これで、納税者のところには、いろいろなプレミアムの品物が送られてくる。ふるさと納税のプレミアムは、夫婦2人世代では食べられないようなものであることも多い。そこで、物は、アンダーグラウンドで、他のところに動いているわけである。昔は縁故米というようなものがあったが、今はもう、そういうレベルを超えている。


(4) プラレール、IKEAのホワイトボード
次は、数年前のエスノグラフィーである。プラレールと、IKEAのホワイトボードが写っている。いまの30代後半くらいの男性は、子供の頃、プラレールで遊んだ経験を持っている。僕は、プラレールは、キッチュで過去の遺物のような商品と考えていた。それで、この写真をエスノグラフィーで見るまでは、僕は、プラレールはもう世の中から死滅しているものと思い込んでいた。ところが、タカラトミーの人に、もう廃盤にしたのかと尋ねたところ、「とんでもない。プラレールはトップセールスですよ」と言われた。実際、プラレールは、大変な勢いで売れている。
しかし、レールを買えば、たいへんに広いスペースが要る。今の娘息子世代の家では、狭すぎる。実際には、プラレールが置いてあるこの写真は、実家の部屋の中で撮影されていた。撮影者は子育て中の30代で、実家に行くとき、よく自分たちが使う商品を撮っていたのである。シニアの夫婦2人の家なら、スペースがある。プラレールは、おじいさん、おばあさんのうちで、孫が遊ぶ道具なのである。
IKEAのホワイトボードも、これがあれば、子供がお絵かきでいくらでも遊んでいるので、家族は楽である。
要するに、30代の夫婦が小さいマンションで住んでいるというセグメントの部分でだけ考えると、受け入れられないように見える物でも、シーンで考えると、受け入れられる場所はたくさんあるということである。

ところで、プラレールは、いったい誰が買ってくるのか?調べてみると、5歳くらいの男の子に対して、おじさんが買ってくることが多いようである。特に、母方の男兄弟で、独身の叔父さんが、よく買う。いま、東京の30代男性の未婚率は40%にも達する。叔母さんの方も、未婚者が多い。つまり、確率で言うと、子供たちには、2対1くらいの割合で、未婚の叔父、叔母がいる。子供の頃にプラレールを貢いでおけば、生涯にわたり、この子はおじさんのファンになるだろう。
叔母さんの側でも、同様のものが出ている。シルバニアファミリーの人形である。抜群に売れていて、発売以来、30年以上のロングセラーブランドになっている。


(5) ニベア
次の写真は、ニベアである。これは、お祖母さんの使うものの写真で、娘の家に手伝いに来る時、ニベアを使うので、娘の家の洗面台に並んでいる。こういう例は他にもいろいろあり、冷蔵庫を見ると、家族が飲むビールとは別に、お祖母さん用のビールも置いてある。
 5歳くらいの男の子、女の子たちは、バスルームを3つくらい持っている。自分の家の狭いバスルーム、メインで行くお母さんの実家の大きなもの、時々行くお父さんの実家のバスルーム、これらは全部、自分のものだ。
 夫婦2人の世代は、もっと侘び寂びが欲しい、もっと枯れて、センス良くしたいと思っているはずだった。「和室はリフォームして、真ん中にお茶の炉を」というような提案が的を射ているはずだった。しかし、見回してみると、僕の家でも、バスルームには、キティちゃんのピンクと黄色と青のプラスチック製のおもちゃが鎮座している。


(6) コストコ カラーボール100個入り
 7〜8年前に、自分でエスノグラフィーをやってみた。この写真は、コストコで売っているカラーボールで、100個入りである。ビニールプールで遊ぶためのツールだ。ビニールプールというのは、普通、30、40代の子育て中の家にはない。しかし、実家にはある。そして、自分が茶の湯で使おうと考えている広い和室には、ビニールプールがある、というのが実情になっている。
 ビニールプールは、戸外でプールとして使うには、コストパフォーマンスが悪い。遊べる日は、年に1、2回程度だろう。たまたま孫が来た日に、晴れていないと使えない。しかし、実際にはインドアで使われていて、子供はその中で1年中遊んでいる。カラーボールをたくさん入れて、遊んでいる。
 同じカラーボールが、中部国際空港の国際線トランジットルームの遊び場にあった。しかし、誰も使っていなかった。なぜか?聞いてみると、主婦からは、「なんか汚くねぇ?」(一様に、ねぇ?にアクセント)というコトバが返ってきた。消毒していないのではないか、インフルエンザを移されるかも、と考えるらしい。それで、皆、プライベートに使っている。


(7) チャイルドシート常備装着の車
今度は車の写真である。チャイルドシートが常備装着されている。持ち主は、68歳の男性の車で、後部座席にはチャイルドシートが常備されている。


(8) ミニバンの設計変更:「動くリビングルーム」から、「動く家」へ
 1990年代に入り、トヨタが、VVCというヴァーチャル・ベンチャーカンパニーを立ち上げた。そこで、21世紀に入る前に、トヨタと一緒に、ファミリーカーの開発のため、生活日記とエスノグラフィーを使って、生活者を追ってみた。その結果、ファミリーカーについて、エンジニアが考えていたコンセプトは、間違っていたかもしれないと考えるに至った。
 
浦安に住んでいる方の例で、説明する。この方は、ミニバンの最初の形式の車を持っていた。この方が、小学校、幼稚園の子供を連れて、出かけるのを追跡していくと、浦安のモールに向かった。僕らは、スーパーで買い物して、ご飯でも食べるんだろうと想像していた。モールの駐車場に入ると、空きスペースがあれば、建物に近いところに停めようとするのが普通だが、一番端の人気のないところに停めて、10分、20分経っても、出てこない。見ていると、車がゆらゆら揺れている。何をしているんだろうと思いながら、さすがに30分も経ったので、近寄って声をかけた。車のドアを開けると、アンパンマンのDVDを大音量でかけながら、子供2人が踊っていた。
 お父さんの話を聞くと、「家のマンションでは、こんなことはできない。たちまち周りから苦情が来るだろう。女房が昼寝している間、車の中でなら、子供たちが大音量で暴れまくることができる」ということだった。車は、「家でできないことができるツール」として使われていたわけである。
 これがお祖母ちゃんの家なら、戸建ての強みで、何でもできる。今、シニアの家のリフォームでは、バリアフリーというよりも、子供が暴れまくっても床が抜けないようにしたいという人たちが多い。
 「車はプレイルームだ」ということがわかったものの、トヨタのエンジニアは顔色が悪かった。エンジニアが言うには、「こういう使われ方は、設計の際に想定していない。床はフラットフロアにできるが、座っているのと、こういうふうに跳ね回るのとでは、荷重モデルが違う。今の設計は、人間が静かに横たわっているような状態を前提にした荷重なので、こういう使われ方をして、もし床が抜けて、訴えられたら、会社は100%負ける」という話だった。

 もう1つ例を挙げる。家族が、車に乗って出かける。11時10分に出て、12時30分頃、公園に行く。子供の自転車2台を乗せたい。これが、なかなか車に入らない。帰りは、泥だらけである。納められない。しかも、帰りは全員、疲れて寝ている。こういうストーリーを、車が解決できるか?

 車を設計する際、エンジニアは、「スムーズに移動ができる応接間やリビングルーム」というイメージを前提にしている。しかし、家族の移動の実態を考えてみれば、車には、自宅で言えば、泥だらけの自転車を置ける玄関やベランダが必要ということだ。こうして、調査の結果、「車には、ベランダと玄関が要る」という発想で、開発デザインを改善しなければ、家族向けの車というコンセプトが通用しないという結論になった。
 その頃すでに、オープン・スライドドアの技術はあった。しかし、何に使えるのか、よくわかっていなかった。普通の家のベランダは、フルフラットで、オープンで、人間がそのまま入れる。そうでなければ、ベランダにはならない。玄関も同じだ。ややかがむことにはなるが、人間が立ったまま入れなければいけない。
 こうして、ミニバンの設計の過程で、開発コンセプトは、「動くリビングルーム」から、「動く家」になった。今の車がよくできているのは、そこのところである。
 ただ、その時にも、チャイルドシート付のミニバンまでは想定していなかった。チャイルドシートやベビーシートというのは、後装着なので、とても付けづらいものである。60代くらいになると、装着するのはストレスなので、結局付けっぱなしになっている。カッコ悪いが、仕方ない。こうして、夫婦2人になったらメルセデスの小型車にしたかったと思いながら、結局、シニアは、さらに大きなミニバンに乗ることになる。

 これまで見てきたように、ターゲットとシーンは、ずれている。生活日記では、お互いの関連を見るようにしなければいけない。


(10) お好み焼き
 最後の写真は、お好み焼きである。撮影した本人と、その娘さんが好きなようだ。お好み焼きは、60代、40代で、好きという人が多い。自分たちが10歳くらいだった頃の、家族の楽しいメニューだからだ。こういうもので子育てしているので、40代はお好み焼き好きである。ただし、自分の家では作らない。
 お好み焼きは夫も好きだが、夫婦2人の時に作ったりはしない。皆がたくさんいる時に、ジャンジャン作るものだと考えられている。子供にとっては、お好み焼きは、お祖母さんの家で、皆が集まった時に食べるもので、家族だけの特別なレシピがある。お好み焼きを食べるという行為には、家族にとって、儀式的な意味が込められている。

4. 三世代連鎖としての家族 
(1) もう1つの段階論:「家族が最大に広がる」
こういう3世代の連鎖のシーンを、どう見るべきか?
人間のライフコースに関する今までの考え方は、間違っていたのかもしれない。僕の経験でいえば、自分が人生のことを考える15〜18歳の時期には、日本の男性の平均寿命は、まだ60歳に届いていなかった。僕自身の成長と歩みとともに、平均寿命が延びていった。
 その頃、日本の社会は、親と子供の「標準世帯」がメインで、子育てが終わったら、親はそのうち「どこかに行く」、つまりいなくなる、ということが暗黙の前提になっていた。

しかし、今、団塊世代では、「家族が最大に広がる」という状態になっている。これは、もう1つの段階論だ。核家族では、4〜5人がマックスである。子供は、成長して大きくなると出ていくことが前提になっていた。家族が縮んで、なくなっていく時期は、かつては短く、2〜3年で終わるはずだった。しかし、現在、昔なら終わるはずだったところから、次の段階までの期間で、家族数は、実質的には、最も多くなっている。
ただし、世帯統計上は、夫婦2人世帯と子供たちの標準世帯とは別だから、家族の数がマックスになっているわけではない。


(2) 2次データと合わせて見る、母方近接居住
僕は、大阪から東京に国内移民をしてきた。子供を入れて5人、家族はこれがマックスだった。大阪には、盆暮れにしか帰らなかった。その頃、両親の世帯は2人で、ここで一番縮んでいた。
 今、私の家族は3世代、全部で11人と2匹である。車はどうすればいいのか?私はトヨタと仕事していたので、プリウスの最初の世代のユーザーだが、今は、小さくて困っている。
団塊世代のこういう状況は、これから先、10年から15年間は続くと思う。以前は、シニア期に家族はマックスになるということが、計算に入れられていなかった。毎日大家族というわけではないが、週に1回程度の確率で、家族がマックスの状態が起こる。そして、家や暮らしは、マックスの状態に合わせていくようになっている。

シーンを考えるには、2次データを見ることも必要である。戦後生まれの最初の世代は、どんなデモグラフィックな特徴を持っているか、考えてみよう。1975年に、東京は人口が山になっている。九州や東北6県から、東京へと「移民」が流れ込んできていた。首都圏にいる団塊世代は、かなりの確率で田舎者である。これが、縁もゆかりもない東京など都会に流入し、実家とは、日常行動でも人口動態上でも離れた生活を送るようになった。しかし、やがて移民の動きは止み、40代くらいの子供たちの世代では、3世代が近接定住で暮らしている。父母、孫の世代は、同一エリアに分かれて別居しているが、妻方に近接して別居するパターンが圧倒的である。これが、おばあさんの家の居間にビニールプールがある理由である。


(3) 終わりに
セグメントをターゲットにするマーケティングは、常に行われてきた。しかし、シーンで物を見なければ、実態はわからない。そこで、生活日記やエスノグラフィーなどを使うことになる。シーンは1つだけではない。同じ人が、シーンとシーンで違うことをしている。それが連結されて、日々の生活になっている。
今の70代くらいの人は、季節の植物、例えば秋の七草の一つであるナデシコの咲く時期などについて、本当によく知っている。孫はタンポポしか知らないかもしれない。しかし、彼らを連れて外を歩けば、孫に、秋の七草のことを教えられる。10歳がそれを知っているということは、当然、日本の社会の体験を変えていくことになるだろう。

5 質疑応答
(小川教授)お話にあったのと同じようなことが、自分の家でも起こりかけている。自分が予測しなかったことについても、いつもいろいろ教えていただいている。辻中さんは、私の先生のような方だ。

(受講者)私も64歳で、同じ年代だ。まさに思い当たるシーンがたくさんあり、気づきになった。コストコで、妻が大きなお菓子を買ってくる。私の車も、チャイルドシートが付いたままだ。

(小川教授)私の家は、関東と京都、神戸に子供が分散している。自分の家だけでなく、妻の実家が3姉妹で、それぞれに子供がいる。夏には皆で、うちの庭でバーベキュー大会をする。家族が妻方近接で、そこに3つ家族が横に並ぶので、多い時は18人くらい来る。こういうパターンで、家族の拡大がある。

(辻中先生)兄弟姉妹に、未婚者が増えている。その人たちも家族に連結される。

(受講生)今日の話は、デモグラフィックの属性は、あまり役に立たないという例だったように思う。アンケートを作るときには、世帯を聞いたりするが、それを聞くことに意味はないということなのだろうか?それとも、何かまだ他に意味はあるのか?

(辻中先生)意味はあるが、ダブルでフィルターをかけなければ、マーケティング・テクノロジーにはならない。シーンの調査も、うまくデモグラフィックな情報と重層化しなければいけない。言いたかったのは、ずっとデモグラフィックなデータを取っているだけではだめだということだ。

(受講生)2つ質問がある。まず、昔は、家族の旅行というものがあったが、これはどうなっていくのか?
もう1つの質問は、マクドナルドについてだ。先日、この授業で、マクドナルドは再生するかというテーマで、グループ発表をした。今の辻中先生のお話では、お孫さんの体験品質が変わり、舌が肥えているということだった。これは、マクドナルドからすると、マイナス要因ということになるのだろうか?

(辻中先生)3世代の旅行は、かつては非日常的、通過儀礼的ものだった。今は、同じベネフィットを、日常で体験することができるようになった。だからといって、旅行がなくなるわけではない。過去よりもハイレベルな経験として、普段は家でこうしているが、旅行では違うことができないか、という話になるだろう。

マックへの影響については、微妙だ。小川先生も書かれていたが、私たちが子育てをしていた頃は、マクドナルドはまだまだファミリーのディナーレストランだった。しかし、子供たちは、自力でマクドナルドに行くようになった頃からは、カジュアルな利用形態しかしていない。マクドナルドは、子供と家族を大切にするスタンスを捨てた。そのことは、これから先、ものすごいツケになってくるだろう。そこで、危ういだろうという話になる。

実は、子供たちの舌が肥えたとは言い切れない。言えるのは、世代連鎖の中で、体験品質が変わっていっているということだ。今の2〜3歳の子供の母親は、30代後半の団塊ジュニアである。この世代が子供の離乳以来食べさせている食事は、日本の古典食に回帰している。和食の方が、調理が簡単だからだ。ハンバーグは、調理プロセスが多く、作るには面倒な料理だ。それで、ハンバーグ離れが起こっている。ハンバーグというのは、お祖母さんがたくさん作り置きするものをもらってきて、冷凍庫に入れて置いて、その都度出してきて作るものになっている。
反対に、ひじきなどは、手抜きと言うか、工夫次第で簡単にできる。工夫、段取り、こしらえるということで、ひじきは、よく食卓にのぼるメニューになっている。
こういう変化が、マクドナルドとどう両立するかというと、疑問がある。一つ言えるのは、子供の味覚品質が変わっているので、何をするかは、よほど真剣に考えないとだめだということである。


(受講者)かつて、団塊世代は、都心に流れてきた。今後の世代は、今と同じように近接定住するのか?

(辻中先生)僕は、30年後より先のことはわからない。30年以内なら、予測できるかもしれない。いま5歳の子が、30代で世帯を持って定住するとき、やはり近接定住という形態は変わらないのではないかと思う。
ただ、可能性も含めてそうなればいいなと思っているのは、地方への分散定住者が増えてほしいということだ。今の10歳、20歳の世代がそうなるといい。ふるさと創生、地方再生の施策がうまくいけば、もう少し人口が全国に分散するのではないかと思う。

(受講者)東京近辺の自宅を相続するより、地方に流れた方がいいということか?

(辻中先生)東京近郊を含めて、今、住宅の空き家率は13%くらいに達している。しかし、今の子育て期の家族の実家は、空き家にはならないだろう。
 今、空き家になっているところは、理由があってそうなっている。こういう家には、手を入れても住めない。設計のスキームが古すぎる。そういう状態が、15年くらいは続くだろう。

(小川教授)次の世代や、次の世代は、もう少し田舎に戻ることが理想だ。そうでなければ、地方が疲弊してしまう。
 もう一つの論点として、単身の人が増えるという状況がある。その人たちは生涯独身で、どういう位置づけになるのか?30年くらい先に、この人たちはどうなるのか、政策的位置づけが欠けている。

(辻中先生)希望的観測を含めて言うと、今日話した3世代の縦と横の連鎖は、家族が自己防衛的にやっていることだ。これが、独身者を世代のネットワークに包み込む形になるのではないか。
もう1つ、家族が嫌いな人たちにとっては、東京のような大都市に住むストーリー以外に、地方分散という選択肢もあるだろう。

(小川教授)海外で起こっていることから言えば、血がつながっていない人たちが一緒に住むという方法も、これからはありうるだろう。


個人課題:レポート

●本の巻末に、生活日記のフォーマットをダウンロードできるサイトのアドレスがある。
一度、自分で生活日記を書いてみてほしい。
 書いてみれば、振り返りと気づきがあるのではないか。その気付きを書いてほしい。日記自体ではなく、気づきをレポートにしてほしい。

(了)

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