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「切り花の輸入をめぐる情勢」『日本農業新聞』連載 2004年12月

「切り花の輸入をめぐる情勢」『日本農業新聞』連載 2004年12月
                          法政大学教授(JFMA会長)
                                   小川孔輔

 この連載では、アジアからの切り花輸入が今後、日本の生産者にとって脅威となりうるのか、また、日本の消費市場にどのようなインパクトをもたらすのかを考えてみたい。結論を先取りして言えば、切り花の輸入を決定づけるの要因は、以下の5つである。(1)輸入品の品質(鮮度管理)、(2)為替レート、(3)国内ホームユース市場の成長、(4)農家の高齢化と農業改革の進捗状況、(5)国内外の物流効率改革、である。それぞれ要因を順番に考えてみたい。

1 切り花の輸入実勢
 繊維製品にはじまり、家電、日用雑貨から野菜にいたるまで、アジアの国、とくに中国からの製品輸入が増えている。切り花もその例外ではない。貿易統計をよく見れば、このところ大幅に輸入量が増えたのは、「切り花」ではなく、実は「切り葉」であることがわかる。日本のお仏壇に欠かせない榊は、今や95%が中国産である。
 中国産の生鮮品については、価格の安さだけに目が奪われがちである。ところが、切り葉に関して言えば、鮮度管理がきちんとなされていることがポイントである。国内産の榊が消えてしまったのは、もちろん価格要因も大きかったが、それ以上に重要だったのは、トラック便から船便に乗り継いで運ばれるコンテナが冷蔵設備を持っていた点である。輸送中の品質管理が徹底していたので、日持ちが良い榊が国内市場を席巻したわけである。価格が安くとも品質が劣悪であれば、日本の消費者は見向きもしない。
 切り花の輸入は、2003年までは驚くほど増えていたとは言えない。代表的な輸入先国であったタイ産やオランダ産の切り花は減少傾向にあった(図表1)。韓国やインドからのバラの輸入増はあったが、日本の市場が攪乱される期間はおおむね一年に限定されていた。2004年上半期の統計を見ると、中国からのカーネーション、マレーシアからのキクが対前年比で約30%増となっている。しかし、日本全体での切り花消費量から見れば、輸入量はそれほど大した水準ではない。
 ただし、両国ともに、潜在的な輸出力は決して侮れない。中国花卉協会の発表によれば、中国の切り花生産は、昨年(2003年)は90億本を達成したとされている。雲南省昆明の花市場に行くと、カーネーションが一本1〜2円、キクが一本2〜3円で売られている。何の前触れもなく農民が立ち退きを要求され、一瞬にして大規模な温室が建設される中国社会ではある。榊のように品質面で改善がすすめば、量販店の店頭が、中国産やマレーシア産の仏花で埋まってしまわないとも限らない。マレーシア産の菊は、すでに品質的には日本に追いついたと言われている。華僑資本が気候条件の良いキャメロンハイランドで、花き先進国の栽培指導を受けてきた。輸出産業として成立する基盤が整いつつある。

2 欧米の生産者がたどってきた道
 1982年、筆者は米国カリフォルニア大学に2年間留学していた。サンフランシスコの郊外、ワトソンビルやサリナスなどでは、戦前戦後を通じて米国に移住した日系人が切り花を生産していた。シリコンバレーのあるサンノゼから車で約1時間。留学期間中、しばしば家族を連れて、一大花産地をドライブで訪れたことがあった。当時のサリナス一帯では、主としてカーネーションとバラが栽培されていた。標準的な栽培規模は10〜20ヘクタール。日系人の花生産者は約100家族ほどで、日系2世のシミ柴田らに経営的な指導を受けていた。東海岸までトラック便で花を「輸出して」いたのである。商売は好調そうであった。
 それほど繁栄していた西海岸の花産業ではあったが、1985年頃から雲行きがあやしくなってきた。米国の生産者がコロンビアに移住して、現地で菊とカーネーションを作り始めたからである。首都ボゴタは赤道直下にあり、年間を通して日長も気温も一定である。花の栽培、とくにカーネーションの栽培には最適であった。その後、コロンビアがバラの栽培をはじめると、価格的に輸入花と対抗できなくなった国内生産者は団体(ローズ・インク)を通して米政府に働きかけ、輸入規制により輸入花を水際で阻止しようとした。しかし、1990年までにはカーネーション生産で米西海岸は、コロンビアに全面的に破れることになった(図表:バラとカーネーションの輸入シェア)。その後、バラの生産地としては、さらに気候条件が良いエクアドル、北米と陸続きのメキシコが登場した。1996年ごろには、米国産のバラ生産は、最盛期の半分以下に落ちた。現在では、カーネーションの生産者はほぼ消滅し、バラ生産も国内総消費量の10%に満たない水準までになっている。
 オランダにとってのアフリカ大陸(ケニア、ジンバブエ、南アフリカ共和国)が、アメリカに対する中南米(コロンビア、メキシコ、エクアドル)に対応している。オランダの花き生産はいまだ高水準ではあるが、オランダの生産者が置かれている現状は、20年前の米国西海岸の日系人花生産者と酷似している。アフリカ大陸で輸送ルートと生産設備のインフラに投資しているのは、欧州系の大資本(食品メジャー)である。環境保全型農業への移行とエネルギー問題があるので、間違いなくオランダ国内での花生産はきびしくなりそうである。
 日本の生産者は、オランダや米国と同じ道を歩み始めることになるだろうか? 歴史が教える教訓は、イエスである。ただし、アジアからの輸入が急増しないという要因もある。また、国内の花生産者が輸入花に対抗できる方策もある。

3 海外からの航空輸送と品質保持
 1993年、英国のスーパーマーケット・テスコが切り花の「日持ち保証販売制度」を導入した。バラで一週間、菊とカーネーションでは2週間以内に花が枯れてしまった場合、無条件で返品ないしは全額返金するという品質宣言であった。1995年までに、セインズべーリー、マークス&スペンサーダなど5社がテスコに続き、英国のスーパーで売られる切り花のほぼすべてが日持ち保証されるようになった。当時の英国では、一人当たりの切り花消費額が約1,500円。消費額は日本の約半分、オランダの3分の一であった。10年が経過してスーパーで花を購入するようになった英国人は、切り花の消費を約2.5倍に伸ばした(テスコの花売り場の写真)。
 英国の花市場の急成長は、優秀なバイヤー(テスコのジャッキー・ステファン女史)の存在によるものではあるが、背後にある決定的な要因を見落としてはならない。もっとも重要だったのは、安定的な商品供給基地としてのオランダの存在である。それに加えて、95年以降に急増するようになったアフリカ、イスラエルなどからの切り花の直接供給である。
 英国の切り花加工業者は、スーパーの花売り場の成長と歩調を合わせて成長してきた。当初は、供給のほぼ全量をオランダの二つの市場に依存していたが、2000年頃からケニアやイスラエルから商品を調達するようになった。例えば、テスコでは、同社の約650店舗で切り花を取り扱っているが、販売数量が増えてくると、一年前に契約栽培しておいたバラやかすみ草、スターチスなどの品目は、直行便でヒースロー空港に入るようになった。輸送ロットがまとまりはじめたからである。直輸入の方が鮮度管理面でも有利である。
 日本はどうだろうか? 相対的に日持ちがよいと言われるカーネーションと菊であっても、現地で採花してから市場(加工センター)に入荷するまで、3日間が品質保持の限界と言われている。どんなに素晴らしい花でも、迅速に運ぶ手段がなければ、輸出向けの花産地は成立しえない。中国一の花産地、昆明を2年前の秋に訪問した。雲南省では、陸上輸送にしても空路にしてもまだ「3日間の壁」を破れないでいた。ところが、最近の新聞・雑誌報道によると、佐川急便や日本郵政公社などが中国・東南アジア地区で物流網の整備に乗り出す計画が進んでいる。曜日を選びさえすれば、現状でもアジアの内陸部から72時間以内で成田や関空まで花を運ぶことができるようになった。中国の沿岸部(上海、青島、大連)の郊外ならば、48時間で福岡や名古屋までの輸送路が確保できる。
 結論である。輸入・加工業者が一定の数量をまとめることができれば、2年以内にアジアからの物流(ロジスティック)は切り花輸入の障壁ではなくなってしまう。植物検疫も同様である。生産・調達数量が増えれば、栽培面での改善は可能である。商売になるとわかれば、人間はどうにか工夫するものである。根本的な問題は、日本のスーパーや専門店で、ホームユース向けの花が売れるかどうかである。次にこの課題を検討してみたい。

4 日本のスーパーで花は売れるか?
 家庭向けの切り花販売を考える上で参考になると思われる、3つの事実を示してみたい。
 ひとつめは、「ホームセンターのアークランドサカモトが、切り花の売り上げを対前年比で30%伸ばした」というニュースである(『ダイヤモンド ホームセンター』2005年1月号)。大手のホームセンターでは、このところ切り花(仏花中心で一部は洋花)がふつうに置かれるようになった。関東圏では、ジョイフル本田、カインズ、ケーヨーが熱心に切り花販売に取り組んでいる。中京地区では、カーマが積極的である。
 ホームセンターが得意とするガーデン関係の商品は、年3〜4ヶ月が勝負である。ところが、切り花は年間を通して販売できる。消費者の購買習慣を変えることができれば(花は量販店で買うもの!)、品質管理があまり難しくないので扱いやすい商材である。毎月1日と15日にリピート購買が確実に発生する。ホームセンターは全国約3、500店舗。販路としては非常に大きい。そこで花が売れ始めているのである。
 もうひとつは、首都圏の複数スーパーに納品している花束加工業者のデータである。A社の納品先スーパーでは、3年前と比べて花束の売り上げが平均で約2倍伸びている。店舗によっては3倍というところもある。理由は大きく二つである。3年間で切り花の単価が大きく下落した(約15%)が、一般の花束加工業者は単価を下げてきた。確かに単価を下げれば利益は出るが、全体の売上げはほとんど増えない。そこで、A社は花束の単価(例えば280円)を据え置いたまま、入り本数を増やしてみた(4〜5本280円)。それどころか、5本480円などの上級アイテムを作るために、花束の単価を上げてボリューム感を出すようにした。テスコで言う「ファイン・セレクション」(センスの良い高額ブーケ)に中心価格帯を移そうとしているのである。同時に、洋花の取り扱い比率を高めて、店頭を魅力的にするために、新しい商材(珍しい花や葉もの)にチャレンジした。売り場と商品を変えて、消費者を飽きさせない努力をしているのである。
 もうひとつの取り組みを紹介する。地方の花束加工業者であるB社は、5年前に東南アジアから切り花を輸入するようになった。B社のスプレイマムの品質が良いことが知れ渡り、同業者からも引き合いが増えた。数量が増えて輸送ルートの確保が容易になると、航空便での複数品目の混載が可能になった。同社は花束加工業者でありながら、輸入業者にもなりつつある。自前の調達ルートを持っているので、量販店で有利に商売が展開できる。まだ規模は小さいものの、欧州型の「垂直統合型加工業」に近づいている。
 A社、B社ではともに、海外直輸入の切り花が、量販店で品揃えを作る上で中心アイテムになりつつある。一定品質の花が、輸入花だと周年で安定供給できるメリットがあるためである。この場合、既存の花市場は、仲介者としての役割さえ果たしていない。

5 すべては農業者の対応次第である
 日本の農業は、65歳以上の老人たちによって支えられている。花の生産分野でも高齢化は急速に進展している(図表 65歳以上が半分以上)。確実に予測できることは、5年以内に、国内産ではとくに葬儀用の菊の需要が満たせなくなることである。誰がこのギャップを埋めるのか。国内に担い手を作るのか、それとも海外調達に依存するのか?
 遅まきながら、日本の農業政策は、農地法改正や新規就農者については規制緩和の方向に向かっている。大手企業やベンチャー投資家が、株式会社による農業生産法人設立などに動いている。居食屋のワタミフーズは、千葉で有機野菜を栽培するために農業生産法人に出資した。あまり知られていないが、ワタミは数年前から実験的に花屋を経営している。
 花分野での農業改革の担い手は、既存の生産者から出て欲しいものである。希望を持って花栽培を継続するには、作り手としての理念と花産業に対する見通しが必要である。議論がやや飛躍するが、輸入花がカバーできない商品分野やニッチな市場は、実はたくさん存在している。輸入の切り花は、すべての品目で増えるというわけではない。海外産が国内産を代替できるのは数量で約半分、販売額では約4割と予測する。全量が輸入品で代替できないとする根拠は、以下の通りである。
 第一に、日本農業の構造改革が、意外に急速に進展すると考えるからである。農地の賃借(リースシステム)で運営されるフランチャイズ型農業が、高齢化によって担い手を失った部分の取って代わる可能性が高い。不足する労働力は、都市部の飲食サービス業のように、アジア諸国からの季節労働者が埋め合わせることになるだろう。商品を輸入するのではなく、一時的に労働力を借りるのである。環境保全とエネルギー問題を考えると、そのほうが効率的であり経済合理的である。
 第2に、海外産の切り花でカバーできる品目は、菊・カーネーション・ユリなど、鮮度保持が簡単な品目に限定される。バラや球根切り花は、国産の優位性が揺らぐことはない。加えて、アジア諸国の経済成長は、エネルギーコストと賃金水準を高めることになる。海外生産によるコスト優位性は早晩消滅するからである。逆に、バケットを使った鮮度保持流通により、国内産品は品質面で優位に立つことができる。多品目少量流通と多頻度配送が普通になると、花でも地産地消の流れが生まれる。ただし、国内の物流効率とサービス水準を高めることが必須である。
 結論である。将来を見通したとき、日本の花産業から生産部門が消滅することはない。しかし、農業者が生産分野にとどまる限り、見通しは決して明るくない。農業後継者の中から、米国型の花束加工業や量販店との直取引に乗り出す人が出てきてはじめて、生産分野は活性化する、花束加工業のB社のように、海外産の花と国内産地をつなぐことで、量販店の店頭を支配できる。いずれにしても、次世代の花生産者には、国際的なビジネス感覚が求められるのである。


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